最新更新日:2022/09/13 | |
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アクセス数が☆☆53000件☆☆(記録更新中)を超えました!(スタートして560日目)(感謝)(笑顔)本校のホームページは、小浜中の子どもたちの活躍する姿をいろいろな方々に知っていただこうという思いや願いから、平成23年9月13日にスタートしました。 スタートしてから560日目の昨日(3月24日(日))でアクセス数が☆☆53000件☆☆を超え、現在記録更新中です! (笑顔)(笑顔) 当初今年度(平成24年度)のアクセス件数目標を「33000件」としていましたが、平成24年10月9日(火)に達成(5ヶ月早く)することができました。そこで新たなアクセス数目標を『40000件』としました。その目標も平成24年12月4日(火)に達成(3ヶ月も早く)することができ、新たな数値目標を「45000件」としましたが、平成25年1月19日(土)に達成することができました。 いつも本校ホームページをご覧いただいている皆さまに厚く感謝申し上げます。(感謝) 今年度のホームページは【日本一】を目指し、現在子どもも参加(作成)するホームページが進行中(<子どもたち自身が作るホームページ>をご覧ください)です。現在、保護者が参加するホームページ(<保護者からのメッセージ・コメント>をご覧ください)も進行中です。 今後も記録更新を目指して、現在ホームページの更なる充実に努めております。これからも本校のホームページを引き続きご覧いただきたいと思います。 今朝の小浜は△曇り空△〜気温「2度」灰色の新たな猫が出現!(笑顔)久しく『ハマちゃん』も『元祖ハマちゃん』も姿を見ていませんが、時々校地内で黒い猫や茶色の猫も目撃しており、何匹もの猫が学校に出入りしているようです!?(笑顔) 今朝校門に立っていると校地内から道路に突然灰色の新たな猫が出現しました!いった何匹の猫が学校を出入りしているのでしょう!?本日目撃した灰色の新たな猫の名前を現在考えています!(笑顔) 自然豊かな小浜〜鳥が校舎前を散歩!?(笑顔)冬になってもいろいろな鳥が来校するようです!?鳥たちは校地内が安全安心であるかのように自由に散歩しています!?見ているだけで心が癒されます!(笑顔) 今朝の小浜は△曇り空△〜気温「1度」今朝の小浜は◎晴れ◎〜気温「2度」今朝の小浜は△曇り空△〜気温「9度」体育館内に大きく響きわたる♪校歌♪(笑顔)本日行われた今年度最後の朝会でもみんなで校歌を歌い、その校歌は体育館内に大きく響きわたっていました♪(笑顔) _________________________________ ◇小浜中学校校歌制定の由来◇ 小浜中学校は、昭和22年5月1日に創立された。 その後、昭和29年にいたり、当時第2代校長であった鈴木三郎先生、第五代PTA会長であった松本善志智氏を中心として、校歌制定の機運がもりあがり、生徒会・PTAの努力と協力により、昭和30年2月5日に制定された。 作詞は、当時鈴木三郎と昵懇の間柄にあった福島大学教授源後三郎(国語科担当)に直接依頼した。源後先生は、わざわざ来校され、学校周辺を視察、特に日渉園を歩かれ、歌詞の構想を練ったという。 源後先生による詩の完成をまって、作曲を古関裕而先生に依頼することになるが、そのいきさつは次の通りである。 ○当時、日本歌謡界のトップ・スターであった歌手伊藤久男氏は、本県安達郡本宮町の出身であり、小浜中PTA会長松本善志智とは従弟の関係にある。 ○伊藤久男氏は、古関裕而先生の歌を数多く歌っており、両者の関係はきわめて親悠である。 ―以上の理由から、PTA会長松本市は、甥の伊藤衆三氏(本宮町大天狗酒造会社社長・伊藤久男氏を介して古関先生に作曲を依頼しようということになった。ところが、伊藤久男氏から「私よりも、もっと古関先生に近い人がいる。その人を通してお願いしたらどうか。」と云うアドバイスがあった。その人とは伊藤五郎氏(先述の伊藤衆三氏の弟・東京在住・医師)の婦人で、当時NHK混声合唱団の団員であった。松本善志智氏は、伊藤五郎氏夫妻の紹介を得て、古関先生とのつながりができ、正式に作曲を依頼する運びになった。完成された曲は、鈴木三郎先生のたっての要望で、荘重で格調高く他にその比をみないものであった。 因みに、謝礼は源後先生に1万円、古関先生に5万円を差しあげた。この基金は、生徒会あげていなご取りに取りくみ、その収益金があてられた。 _________________________________ なお、詳細につきましては、学校だより「おばま」第5号に掲載してあります。本校トップページ右側の【配布文書】の<配布文書一覧>の中をご覧ください。 今朝の小浜は△曇り空△〜気温「9度」学校だより「おばま」第76号を発行記事の内容は、「今週(3/11〜3/15)の本校の空中放射線量」「感動的な☆卒業証書授与式☆(感動!)」「卒業生35名全員の進路が決定!(笑顔)」です。 詳細につきましては、トップページの右側の【配布文書】の<学校だより「おばま」>の第76号をご覧ください。 今朝の小浜は◎快晴◎〜気温「ー7度」アクセス数が☆☆52000件☆☆(記録更新中)を超えました!(スタートして550日目)(感謝)(笑顔)本校のホームページは、小浜中の子どもたちの活躍する姿をいろいろな方々に知っていただこうという思いや願いから、平成23年9月13日にスタートしました。 スタートしてから550日目の本日(3月14日(木))でアクセス数が☆☆52000件☆☆を超え、現在記録更新中です! (笑顔)(笑顔) 当初今年度(平成24年度)のアクセス件数目標を「33000件」としていましたが、平成24年10月9日(火)に達成(5ヶ月早く)することができました。そこで新たなアクセス数目標を『40000件』としました。その目標も平成24年12月4日(火)に達成(3ヶ月も早く)することができ、新たな数値目標を「45000件」としましたが、平成25年1月19日(土)に達成することができました。 いつも本校ホームページをご覧いただいている皆さまに厚く感謝申し上げます。(感謝) 今年度のホームページは【日本一】を目指し、現在子どもも参加(作成)するホームページが進行中(<子どもたち自身が作るホームページ>をご覧ください)です。現在、保護者が参加するホームページ(<保護者からのメッセージ・コメント>をご覧ください)も進行中です。 今後も記録更新を目指して、現在ホームページの更なる充実に努めております。これからも本校のホームページを引き続きご覧いただきたいと思います。 卒業生35名全員の進路が決定しました!(喜び)卒業生の皆さん、進路決定おめでとうございます!(笑顔) 今朝の小浜は△曇り空△〜気温「1度」たくさんの心温まる祝電をありがとうございました!(感謝)この場をお借りしまして厚く感謝申し上げます。(感謝) 今朝の小浜は◎晴れ◎〜気温「0度」今朝の小浜は◎快晴◎〜気温「ー7度」東日本大震災発生時刻に合わせ、全員(全生徒・全職員)で黙祷!
2年前の午後2時46分に東日本大震災が発生し、甚大な被害と多大な犠牲者が出ました。東日本大震災で犠牲になられた方々に対して哀悼の意を表すために、本校では、本日午後2時46分に全員(全生徒・全職員)で廊下に一列に整列(清掃終了直後)し1分間の黙祷を行いました。
校舎内に絶えることのない☆綺麗な生花☆階段の2階に上がる踊り場のコーナーにはいつもきれいな生花が飾ってあります。この生花は、本校の用務員の齋藤さんが子どもたちのために飾っているものです。 子どもたちは登校すると、この場所を通りきれいな生花を目にしています。子どもたちだけでなく、職員も心が和みます。(笑顔) 本校では、職員一人ひとりが「子どもたちのために何ができるか」を常に考え具体的に実践しています。この生花もその実践の一つだと思います。(笑顔) 体育館内に大きく響きわたる校歌♪(笑顔)本日行われた寒い中での朝会でもみんなで校歌を歌い、その校歌は体育館内に大きく響きわたっていました♪(笑顔) _________________________________ ◇小浜中学校校歌制定の由来◇ 小浜中学校は、昭和22年5月1日に創立された。 その後、昭和29年にいたり、当時第2代校長であった鈴木三郎先生、第五代PTA会長であった松本善志智氏を中心として、校歌制定の機運がもりあがり、生徒会・PTAの努力と協力により、昭和30年2月5日に制定された。 作詞は、当時鈴木三郎と昵懇の間柄にあった福島大学教授源後三郎(国語科担当)に直接依頼した。源後先生は、わざわざ来校され、学校周辺を視察、特に日渉園を歩かれ、歌詞の構想を練ったという。 源後先生による詩の完成をまって、作曲を古関裕而先生に依頼することになるが、そのいきさつは次の通りである。 ○当時、日本歌謡界のトップ・スターであった歌手伊藤久男氏は、本県安達郡本宮町の出身であり、小浜中PTA会長松本善志智とは従弟の関係にある。 ○伊藤久男氏は、古関裕而先生の歌を数多く歌っており、両者の関係はきわめて親悠である。 ―以上の理由から、PTA会長松本市は、甥の伊藤衆三氏(本宮町大天狗酒造会社社長・伊藤久男氏を介して古関先生に作曲を依頼しようということになった。ところが、伊藤久男氏から「私よりも、もっと古関先生に近い人がいる。その人を通してお願いしたらどうか。」と云うアドバイスがあった。その人とは伊藤五郎氏(先述の伊藤衆三氏の弟・東京在住・医師)の婦人で、当時NHK混声合唱団の団員であった。松本善志智氏は、伊藤五郎氏夫妻の紹介を得て、古関先生とのつながりができ、正式に作曲を依頼する運びになった。完成された曲は、鈴木三郎先生のたっての要望で、荘重で格調高く他にその比をみないものであった。 因みに、謝礼は源後先生に1万円、古関先生に5万円を差しあげた。この基金は、生徒会あげていなご取りに取りくみ、その収益金があてられた。 _________________________________ なお、詳細につきましては、学校だより「おばま」第5号に掲載してあります。本校トップページ右側の【配布文書】の<配布文書一覧>の中をご覧ください。 |
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