最新更新日:2022/09/13 | |
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アクセス数がついに☆☆☆30000件☆☆☆を超えました!(スタートして368日目)(笑顔)本校のホームページは、小浜中の子どもたちの活躍する姿をいろいろな方々に知っていただこうという思いや願いから、平成23年9月13日にスタートしました。 スタートしてから368日目の本日(13日(木))でついにアクセス数が☆☆☆30000件☆☆☆を超えました!!(笑顔) 今年度のアクセス件数目標は『18000件』です。昨年度はアクセス件数が15000件(昨年度目標の13000件を超えることができました)でしたので、合計で<33000件>を目標(後3000件)にしています。(笑顔) 今年度のホームページは【日本一】を目指し、現在子どもも参加(作成)するホームページが進行中(<子どもたち自身が作るホームページ>をご覧ください)です。現在、保護者が参加するホームページ(<保護者からのメッセージ・コメント>をご覧ください)も進行中です。 これからもホームページの充実に努めて参りたいと思いますので、引き続きご覧いただきたいと思います。 毎日「30度」を超える暑い日〜教室の中は快適な学習環境!子どもたちにとって最高の幸せな学習環境です!(幸)(笑顔) 今朝の小浜は▲濃霧▲〜気温「20度」民生児童委員との懇談会が開かれる民生児童委員の方々には、地域の子どもたちが元気に安心して暮らせるように、いつも子どもたちを見守っていただいております。厚生労働省の公式ホームページに「民生委員・児童委員に関するQ&A」が掲載されておりましたので、下記に一部を抜粋し紹介します。 _________________________________ Q1 民生委員・児童委員とはとはどういう方たちですか? A1 【本分及び身分】(民生委員法第1条) 民生委員とは、社会奉仕の精神をもって、常に住民の立場に立って相談に応じ、必要な援助を行い、福祉事務所等関係行政機関の業務に協力するなどして、社会福祉の増進に努め方々です。 【任期・給与】(民生委員法第10条) 民生委員に給与は支給されません。任期は3年で、再任も可能です。ただし、任期途中で交代があった場合は、後任者の任期は、前任者の残任期間となります。3年に1度、一斉改選が行われ、前回の一斉改選は平成22年12月1日に行われました。 Q2 民生委員・児童委員はどのように選ばれ、何人くらいいるのですか? A1 【定数】(民生委員法第4条) 定数は、厚生労働大臣の定める基準に従って、都道府県知事が市町村長の意見を聴いて定めます。平成22年3月31日現在の定数は、231,905人です。(地区担当:210,473人、主任児童委員:21,432人) 【委嘱の仕組み】(民生委員法第5条) 都道府県知事は、市町村の民生委員推薦会から社会福祉に対する理解と熱意があり、地域の実情に精通した者として推薦された者について、地方社会福祉審議会の意見を聴いて推薦し、厚生労働大臣が委嘱します。(児童福祉法第16条に基づき、民生委員は、児童委員を兼ねることとされています。また、主任児童委員は、児童委員のうちから、厚生労働大臣が指名します。) 平成22年3月31日現在、228,728人の方が民生委員として委嘱され、活動しています。(男性:91,990人、女性136,738人) Q3 民生委員・児童委員はどのような活動をしているのですか? A3 【民生委員・児童委員の職務内容】 ◆民生委員の職務について民生委員法第14条では次のように規定されています。 1.住民の生活状態を必要に応じ適切に把握しておくこと 2.生活に関する相談に応じ、助言その他の援助を行うこと 3.福祉サービスを適切に利用するために必要な情報の提供、その他の援助を行うこと 4.社会福祉事業者と密接に連携し、その事業又は活動を支援すること 5.福祉事務所その他の関係行政機関の業務に協力すること 6.その他、住民の福祉の増進を図るための活動を行うこと ◆児童委員・主任児童委員の職務について児童福祉法第17条では次のように規定されています。 《児童委員》 1.児童及び妊産婦につき、その生活及び取り巻く環境の状況を適切に把握しておくこと。 2.児童及び妊産婦につき、その保護、保健その他福祉に関し、サービスを適切に利用するために必要な情報の提供その他の援助及び指導を行うこと 3.児童及び妊産婦に係る社会福祉を目的とする事業を経営する者又は児童の健やかな育成に関する活動を行う者と密接に連携し、その事業又は活動を支援すること 4.児童福祉司又は福祉事務所の社会福祉主事の行う職務に協力すること 5.児童の健やかな育成に関する気運の醸成に努めること 6.その他、必要に応じて、児童及び妊産婦の福祉の増進を図るための活動を行うこと 《主任児童委員》 1.児童の福祉に関する機関と区域を担当する児童委員との連絡調整を行うこと 2.区域を担当する児童委員の活動に対する援助及び協力を行うこと _________________________________ なお、詳細に付きましては、厚生労働省のホームページをご覧ください。 学校だより「おばま」第39号を発行記事の内容は、「生徒会役員選挙立会演説会が行われ、新生徒会役員が決まる」「『東達方部中学校秋季野球大会』で☆準優勝☆(拍手)(笑顔)」です。 詳細につきましては、トップページの右側の【配布文書】の<学校だより「おばま」>をご覧ください。 大雨・雷・洪水注意報が出ています(ご注意を!)また、二本松市は、福島地方気象台発表によりますと、下記のようになっております。 _________________________________ 二本松市 [発表]大雨,雷,洪水注意報 特記事項 浸水注意 浸水 注意期間 12日夜のはじめ頃まで 1時間最大雨量 40ミリ 雷 注意期間 12日夜遅くまで 洪水 注意期間 12日夜のはじめ頃まで 付加事項 突風 ひょう _________________________________ 今朝の小浜は◎晴れ◎〜気温「20度」今日も予想最高気温は30度を超えるようです!(暑) 気温30度を超える青空の下、子どもたちは楽しく元気に泳いでいます!(笑顔)昨年は東日本大震災の影響で水泳ができませんでしたが、今年は再開できて本当に良かったと思います。子どもたちの満面の笑顔を見て実感します!(笑顔) 今朝の小浜は△曇り空△〜気温「21度」相談室だより(2学期)〜皆さんからの相談に随時応じています相談日時や在室日などについては、ホームページトップ右側の【配布文書】の『相談室だより』の中をご覧ください。 体育館内に大きく響きわたる校歌♪本日行われた朝会でもみんなで校歌を歌い、その校歌は体育館内に大きく響きわたっていました♪(笑顔) _________________________________ ◇小浜中学校校歌制定の由来◇ 小浜中学校は、昭和22年5月1日に創立された。 その後、昭和29年にいたり、当時第2代校長であった鈴木三郎先生、代五代PTA会長であった松本善志智氏を中心として、校歌制定の機運がもりあがり、生徒会・PTAの努力と協力により、昭和30年2月5日に制定された。 作詞は、当時鈴木三郎と昵懇の間柄にあった福島大学教授源後三郎(国語科担当)に直接依頼した。源後先生は、わざわざ来校され、学校周辺を視察、特に日渉園を歩かれ、歌詞の構想を練ったという。 源後先生による詩の完成をまって、作曲を古関裕而先生に依頼することになるが、そのいきさつは次の通りである。 ○当時、日本歌謡界のトップ・スターであった歌手伊藤久男氏は、本県安達郡本宮町の出身であり、小浜中PTA会長松本善志智とは従弟の関係にある。 ○伊藤久男氏は、古関裕而先生の歌を数多く歌っており、両者の関係はきわめて親悠である。 ―以上の理由から、PTA会長松本市は、甥の伊藤衆三氏(本宮町大天狗酒造会社社長・伊藤久男氏を介して古関先生に作曲を依頼しようということになった。ところが、伊藤久男氏から「私よりも、もっと古関先生に近い人がいる。その人を通してお願いしたらどうか。」と云うアドバイスがあった。その人とは伊藤五郎氏(先述の伊藤衆三氏の弟・東京在住・医師)の婦人で、当時NHK混声合唱団の団員であった。松本善志智氏は、伊藤五郎氏夫妻の紹介を得て、古関先生とのつながりができ、正式に作曲を依頼する運びになった。完成された曲は、鈴木三郎先生のたっての要望で、荘重で格調高く他にその比をみないものであった。 因みに、謝礼は源後先生に1万円、古関先生に5万円を差しあげた。この基金は、生徒会あげていなご取りに取りくみ、その収益金があてられた。 _________________________________ なお、詳細につきましては、学校だより「おばま」第5号に掲載してあります。本校トップページ右側の【配布文書】の<配布文書一覧>の中をご覧ください。 「努力は必ず報われる」(朝会での教師の話)本日の教師の話は、第1学年担任の伊藤正浩先生です。 話の内容は、自家農園が好きで玉ねぎやサヤエンドウなどの野菜は厳しい冬に耐えて栄養を蓄えてから収穫されること、桜の花は秋に実を付け厳しい冬を越えて春先に美しい花を咲かせること、人はどんな厳しい状況があっても努力をすることをやめてはいけないこと、努力は必ず報われることなどについてです。 今後もこのスタイルの朝会を継続していきたいと思います。 各種表彰伝達を行う表彰(伝達)された子どもたちは、感想や今後の決意や意気込みを力強く述べていました。 吹奏楽部の♪生演奏♪による朝会の入退場♪今朝の小浜は◎晴れ◎〜気温「23度」「思い出のテニス部」(昭和49年度卒業文集より)当時卒業記念アルバムの中の卒業文集である生徒が書いた文が目に止まりました。以下に原文の一部を抜粋して紹介します。 _________________________________ 思い出のテニス部 僕が、初めて部に入ったのは1年に入学して直ぐだった。何人かで部に一緒に入り、1日目は上級生の人が一緒になってラケットを持っていろいろなことを教えてくれた。しかし、2日3日となるとだんだん厳しくなってきた。僕は、こういうことで部を辞めてはならないと自分に言って頑張った日は一日一日過ぎた。1年のうちに2人くらい部を辞めた。しかし、僕たちは2年、来年は今の3年と同じくこうしてユニフォームを着られるのだなと思いました。その年の中体連には、補欠でユニオームを着た。僕はこの時、こんなに早くユニフォームを着られるとは思わなかった。やがて日は過ぎ新人戦が来た。その時、僕らは優勝した。そこで、僕たちは来年の中体連にはこの新人戦と同じく優勝したいなと思った。やがて3年になり、毎日厳しい練習が始まった。「今年は中体連で優勝するぞ」と思いながら練習をした。一日一日と試合の日は近づいた。そして試合の日は来た。僕らは、二本松一中と対戦することになった。しかし、僕たちは1番手として出たが敗れ、2番手も負けた。僕らはとても悔しかった。3年間練習に練習を重ねてきたのにと、僕らはとても悔しかった。 _________________________________ 「卒業とは」(昭和48年度卒業文集より)当時卒業記念アルバムの中の卒業文集である生徒が書いた文が目に止まりました。以下に原文の一部を抜粋して紹介します。 _________________________________ 「卒業」とは 「卒業」かと思うとちょっぴり寂しいな。だって、一緒に入学してからずっと学校生活を送ってきたのに、これからはみんなと別々になってしまうんだもの。いざ別れることになると悲しいな。何て、こんなことを思っていると、部活動やクラブ活動など、汗を流して練習した後、自分なりの作品を作り上げた時の喜びなどが、心の奥深くから湧き込んでくる。特に、バドミントン部に初めて入部した私は、すべてが珍しかった。いろんなことを教わったこと、練習中は注意され通しだったが、なぜか、自分自身が成長したみたいにすごく嬉しかったことなど。でも今はできないと思うと・・・だが、私には「バドミントン」という言葉が魂のようなものである。心の奥にしっかりしまい、半生涯を過ごしたような学校に別れを告げたいと思う。卒業は終りと同時に初めである。 _________________________________ 「テニスと陸上競技の思い出」(昭和49年度卒業文集より)当時卒業記念アルバムの中の卒業文集である生徒が書いた文が目に止まりました。以下に原文の一部を抜粋して紹介します。 _________________________________ テニスと陸上競技の思い出 僕は、この小浜中学校に来てからは短い3年間だなと思った。そして、1年から3年の間、悲しみや嬉しいこと、辛いことがいろいろあった。忘れられないのは2年の3学期の時にテニスに入って、ずいぶん辛いと思ったことだ。その辛さに頑張ってきて、間もなく3年になってしまった。そして、中体連が始まることを知った。それで、僕の夢を実現しようとしたのにだめだったのです。 しかし、僕はもう一つの夢があったのです。3年の2学期に駅伝があって、とても嬉しく思った。もうテニスのことは忘れて走ることに勇気を持っている内についに駅伝に出られることが実現したのであるが、残念でした。順位は10位でしたが、悔いのないように一生懸命に走ったのだから、とても嬉しかった。1年に3回位駅伝があるといいなと思った。 僕は、心の中にまだそのことは残っている気がしている。このことは絶対に忘れないと思う。 _________________________________ 「旅の終り」(昭和48年度卒業文集より)当時卒業記念アルバムの中の卒業文集である生徒が書いた文が目に止まりました。以下に原文の一部を抜粋して紹介します。 _________________________________ 旅の終り 私は 旅に出てから もう 9年間 今 私の旅が終りです 苦しく 楽しく旅をし 時には この旅が嫌になり 何度も逃げようとしたが・・・ でも もう・・・ この旅・・・とは お別れです この旅は 私にとって一生の中の 一番良い思い出として 残るでしょう _________________________________ 学校だより「おばま」第38号を発行記事の内容は、「今週(9/3〜9/7)の本校の空中放射線量」「『安達支部英語弁論大会』で、☆金☆金☆金☆銀☆賞受賞!〜素晴らしい活躍でした!(拍手)(笑顔)」「『安達支部駅伝競走大会』で特設駅伝部の子どもたちがベストを尽くす!(拍手)(笑顔)」です。 詳細につきましては、トップページの右側の【配布文書】の<学校だより「おばま」>をご覧ください。 |
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