最新更新日:2022/09/13 | |
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校門付近の除染(表土除去)作業が終了!現在は、校舎前土手の植込み下の除染(表土除去)を手作業で丁寧に行っています。 作業員の方には気温がかなり高い中での大変な作業ですが、子どもたちの安全安心のために着実に作業を行っていただいています。たいへん感謝申し上げます!(感謝) 校舎前の庭の除染(表土除去)作業が終了!なお、植栽については2学期に伐採する予定です。 作業員の方には猛暑の中での大変な作業ですが、子どもたちの安全安心のために着実に作業を行っていただいています。たいへん感謝申し上げます!(感謝) アクセス数が☆26000件☆を超えました!(スタートして324日目)(笑顔)本校のホームページは、小浜中の子どもたちの活躍する姿をいろいろな方々に知っていただこうという思いや願いから、平成23年9月13日にスタートしました。 スタートしてから324日目の本日(31日(火))でアクセス数が☆26000件☆を超えました!(笑顔) 今年度のアクセス件数目標は『18000件』です。昨年度はアクセス件数が15000件(昨年度目標の13000件を超えることができました)でしたので、合計で<33000件>を目標にしています。(笑顔) 今年度のホームページは【日本一】を目指し、現在子どもも参加(作成)するホームページが進行中です。現在、保護者も参加するホームページが進行中です。 これからもホームページの充実に努めて参りたいと思いますので、引き続きご覧いただきたいと思います。 プール注水中プールの注水が終了次第、プールの水の水質検査とプール内及び周辺の放射線量も計測する予定です。その結果及びプール再開については、2学期早々にお知らせする予定です。 今朝の小浜は△曇り空△〜気温「26度」大雨・洪水・雷注意報が出ています(ご注意を!)また、二本松市は、福島地方気象台発表によりますと、下記のようになっております。 _________________________________ 二本松市 [継続]大雨,雷,洪水注意報 特記事項 土砂災害注意 浸水注意 土砂災害 注意期間 30日夜遅くまで 浸水 注意期間 30日夜遅くまで 1時間最大雨量 40ミリ 雷 注意期間 31日夕方にかけて 以後も続く 洪水 注意期間 30日夜遅くまで 付加事項 竜巻 ひょう _________________________________ 二本松少年隊墓前祭で前田さん(3年生)が作文コンクール優秀作品を発表最優秀賞を受賞した作品を下記に掲載いたしますので、ぜひご一読ください。 _________________________________ 少年隊が教えてくれたこと わたしたちのまち、二本松。深い歴史をもつまち、二本松。そんな二本松に、今なお語り継がれている二本松少年隊。二本松の象徴ともいえる霞ヶ城には、夏の青い空の下、私たちに優しく語りかけてくるようだ。 今からさかのぼること144年、この霞ヶ城から64名の勇者たちが大壇口へ向けて出陣していった。中には、わずか12歳の少年もいたという。 私は、この二本松少年隊の話を聞いたとき驚きを隠せなかった。自分よりも幼い子供たちが出陣していったこと。また、彼らが武士として出陣できることに喜びを感じていたこと。私には理解できなかった。 出陣すれば、生き残る可能性は極めて低く死を覚悟でのぞまなければならない。10歳を過ぎたばかりの少年に、そんな覚悟ができるのだろうか。自分の命が惜しいとは思わないのだろうか。 二本松、これが彼らの戦う理由だった。 「二本松のために戦えるのであれば、自分の命など惜しくはない。」 そんなことを言っているような気がした。自分の命よりも、生まれ育った二本松を守ることを優先したのだ。私には、そんなことができるだろうか。たとえ、大好きな二本松のためであったとしても、自分の命を失ってまで戦いたくないと私は思った。自分の命ほどこの世に大切なものは存在しないと思う。それに、大好きな家族や友達ともう二度と会えないと思うと、考えただけで涙が出そうになる。しかし、彼らは戦った。家族、友達、そして命を賭けて精いっぱい二本松のために戦った。そんな彼らに対し、私は心から尊敬の念を抱いた。 彼らは、なぜ戦わなければならなかったのか。ほとんどが、まだ10代の若者である。長い人生、希望と光に溢れる未来が待っていたはずなのに。 その答えは、彼らの年齢にあった。10代というと、若さと活気に溢れ、体力もあり、とても元気なイメージがある。そんな彼らだからこそ、くじけず戦うことがきたのではないだろうか。 現在、わたしの住む地域では多くの若者たちが都市部へ出て行き、人口が減り”過疎化”が進んでいる。私の家の近所でも過疎化が原因で閉店する店が多く、今ではほとんどの店がシャッターを閉めている。数年前と比べると、すっかり活気を失ってしまった元気のないまちがそこにある。 また、昨年の3月に起きた東日本大震災により、ここ二本松も大きな被害を受けた。ひび割れたアスファルトや窓ガラス。その他にも、原子力発電所の事故による放射能の影響から、人々は次々にこの町から出て行く。震災は、わたしたちのまちを一瞬にして変えてしまった。 ここで、必要なのが私たち若者の力である。若さと活気に満ちたわたしたちなら、今のこの状況を変えることができると思う。校内で行っているボランティア活動や、地域行事などに積極的に参加し、地域との結びつきを深めることで少しずつでも元気を取り戻すことができるのではないだろうか。時代や形は現代と全く異なるが、私たちは彼らの二本松を愛する気持ちを見習うべきではないだろうか。 少年隊が教えてくれたこと。それは、生まれ育った故郷、二本松を愛する気持ち。いつまでも大切にする思いを忘れないこと。私はこれからも故郷を愛し、そしていつまでも大切にしていきたいと思う。 二本松少年隊。二本松のために精いっぱい戦った、二本松の誇りである。彼らの思いはこれからもずっと受け継がれていくことだろう。今、彼らは二本松の空の下で口々にこんなことを言っているような気がする。 「二本松が大好き」と。 _________________________________ 今朝の小浜は△曇り空△〜気温「26度」二本松少年隊に関する作品コンクール入賞表彰式で前田さん(3年生)が☆最優秀賞☆を受賞!(拍手)(笑顔)前田さんは、二本松少年隊顕彰会会長(二本松市長)及び丹羽家第18代当主から賞状及び賞品を授与されました。 おめでとうございます!(拍手)(笑顔) 最優秀賞を受賞した作品については、後日掲載したいと思います。 二本松少年隊墓前祭が開かれる墓前祭の前に、神道流二本松詩吟会による献吟「戒石銘」「二本松少年兵士を弔う」がありました。 仏教和合会御寺院様の入場の後、二本松少年隊顕彰会会長(二本松市長)、丹羽家第18代当主による献花が行われました。 次に、仏教和合会による読経、参列者による焼香などが行われました。 「中学時代」(昭和49年度卒業文集より)当時卒業記念アルバムの中の卒業文集である生徒が書いた文が目に止まりました。以下に原文の一部を抜粋して紹介します。 _________________________________ 中学時代 この3年間、楽しいこと、苦しいことなどいっぱいあった。そして今年も、まあまあの年だったと思う。だが中学時代は、やはり一生の間で心に残る時代だと思う。 入学し。そして、いろいろな行事。例えば、部活動、学校祭や水泳大会、そして3年の修学力である。そのようなことが今でも頭の中にハキハキと浮かび上がってくる。 中学時代、それは長いようで短かったが、僕にとって本当によき時代であったと思う。そしてこのよき時代を来年こそはもっともっとすばらしい年にしたいと思う。 僕は、この後のわずかな中学時代を1日1日を悔いのない日にしていきたいと思います。 この青春を大切にしたいと思います。そして何年かたってこのアルバムを見てきっと懐かしむだろう。 _________________________________ 本日、『二本松少年隊墓前祭』で本校の子どもが作文発表を行いますとても素晴らしいことです!おめでとうございます!(拍手)(笑顔) 「マラソン」(昭和48年度卒業文集より)当時卒業記念アルバムの中の卒業文集である生徒が書いた文が目に止まりました。以下に原文の一部を抜粋して紹介します。 _________________________________ マラソン 『マラソン』それは大嫌いで嫌で嫌で仕方がないものです。だから、走ってみるといつも”しりっぺ”の方です。 しかし、この3年間で一番印象に残っているのが、何とまあ、このマラソンのことなのです。 そうです。あれは、2年の時のことでした。 あの長〜い長〜い道のり(私にとって)を一人で1回も休まず(私にしては新記録)走った後、私のからだは満足感と誇りだけで押しつけれれているような感じがしたのです。 あの時は、本当に自分というものに自信が持てたような気がしました。 今、私は思います。自信を持つということは、自分という孤独に勝つことだと。 私は、初めてマラソンからこの意味を知ったのです。 そして、私は人生という長いマラソンを走り抜こうと決心したのです。 _________________________________ 「友達」(昭和49年度卒業文集より)当時卒業記念アルバムの中の卒業文集である生徒が書いた文が目に止まりました。以下に原文の一部を抜粋して紹介します。 _________________________________ 友達 「中学生」このことばが私の胸を驚かせた。入学式、そして今卒業、私にとって中学生とは、あまりにも苦しいことばかりでした。 今、私の心中には苦しみの他に何も残っていません。 でも、そんな私の心を解きほぐしてくれた人、それは友達でした。何回にも渡る入院、そのたびに、私の心は大きくゆれ動きました。一人で苦しくて泣いた日。そんな私を、友達はやさしくいたわってくれました。 私の悩みを何でも聞いてくれた友達。私のために苦労して折ってくれた千羽鶴。千羽まではなかったけれど、本当に嬉しかった。その時ほど、友達っていいなあって思ったことはありませんでした。いつまでもいつまでも大事にしていきたいと思います。 もうすぐ卒業です。この住み慣れた学校とも友達とも別れなければならないことは、とても悲しいことです。 そして、この3年間を私は忘れることのできない人生の1ページとしていつまでも心にしまっておきたい。 そしてこれからも、私の選んだ道をどこまでも続けて行きたいと思っています。 最後に、私は改まって親友や友達、そして両親に「ありがとう」と心から感謝します。 _________________________________ 本日、『県吹奏楽コンクール』に本校吹奏楽部が出演します出演予定時間は<11時45分>で、演奏曲目は「ロバ」「イエスの小連祷」「狩人の歌」(「絵の暦」より)です。 機会がございましたら、ぜひ会場で本校吹奏楽部の演奏をお聴きください。 「私の三年間」(昭和48年度卒業文集より)当時卒業記念アルバムの中の卒業文集である生徒が書いた文が目に止まりました。以下に原文の一部を抜粋して紹介します。 _________________________________ 私の三年間 私の三年間、いろいろなことがありました。修学旅行、文化祭、球技大会、音楽祭、マラソン大会、どれも本当にいい思い出です。 でも三年間を通しての思い出は、遅刻をよくしたことです。今思ってみてもよくしたと思います。 1年の時は、遅刻を三回すると南校舎の二階の廊下を往復三回雑巾がけをしました。その時の恥ずかしかったことは、よく覚えています。それと、忘れ物をしてもでしたから、その時の担任の先生も忘れ物をしたので、廊下を三回かけたのでした。先生がかけるなんてって思ったけど・・・廊下をかけている先生とってもステキだったと思います。 2年3年もだいぶ遅刻をしましたが、別に罰はありませんでした。今はずいぶん減ってきました。 こんなことも思い出と言っていいかどうかわかりませんが、私にとっては思い出の一つです。 _________________________________ 校舎前の庭の除染(表土除去)作業が進んでいます!現在、校舎前の庭の除染(表土除去)作業が進んでいます。庭の南側(技術室側)から作業が始まり、約4分の1程度終了しています。 作業員の方には猛暑の中での大変な作業ですが、子どもたちの安全安心のために着実に作業を行っていただいています。たいへん感謝申し上げます!(感謝) 本日、プールの除染作業が終了しました!〜放射線量がかなり軽減結果、放射線量がかなり軽減し、いつもお知らせしている体育館内の放射線量並になりました。詳しくは、2学期が始まりましたら文書でお知らせいたします。 校庭の校舎側土手の除染(表土除去)作業が終了しました!昨日までに、残っていた校庭の校舎側土手の除染(表土除去)が終了しました。残りは、校舎前庭と校門付近などです。 校庭の校舎土手の除染(表土除去)が終了したことで、土手近くに設置してあるリアルタイム線量測定システムの測定値が、除染前は◆約0.77μSv毎時◆だったものが、除染終了後は◇約0.54μSv毎時◇に下がりました。 除染(表土除去)の効果が測定値からよくわかります。 2学期に植栽の伐採が予定(時期は未定)されており、校庭の校舎側土手の植栽が伐採されれば、更に測定値が下がると思われます。 なお、リアルタイム線量測定システムの測定結果は、文部科学省のホームページ・放射線モニタリング情報・リアルタイム線量測定システムによる福島県内の空間線量率の測定結果に公開されています。 URLは、 http://radiomap.mext.go.jp/ja/ です。 ※ 本校ホームページトップ右側の【リンク】の<リアルタイム線量測定システム>の『福島県内の空間線量率の測定結果(文部科学省)』をクリックしていただけるとご覧いただけます。 二本松市「市民の翼」中学生海外派遣事業出発式が行われる市内の中学2年生を対象として、米国ハノーバー町に「市民の翼」派遣事業を実施しており、今年で20回目(平成21年度は新型インフルエンザの発生により中止)で、7月27日(金)〜8月3日(金)まで行われ、市内7中学校から本校1名の子どもを含む10名の子どもたちが参加します。 今朝の出発式では、二本松市長様から、二本松市民の夢と希望と未来を託して行う行事であること、アメリカの歴史や文化に触れ自分の世界を広げること、朝河貫一博士のことを学んでくること等の話がありました。 参加する子どもたち10名の代表者が力強い出発のあいさつを行った後、子どもたち10名と随行員職員2名(教育長、管理係長)がバスで無事に出発しました。(笑顔) |
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